これは、株式会社ヒーリングソリューションズ代表・水野博文の個人的な制作記録です。
新しいものをつくっていると、完成するまで誰にも見せたくなくなる。
まだ説明が足りない。画面が整っていない。名前も決まっていない。出したあとに「これは違った」と思うかもしれない。制作の途中には、見せたくない理由がたくさんある。
だから、完成するまで引き出しにしまっておく。その気持ちは、よくわかる。僕自身も、まだ言葉にしきれていないものを出すのは得意ではない。
でも最近は、少しずつ見せたほうがいい場面もあると思うようになった。
途中にしかない言葉がある
完成したあとには、きれいな説明ができる。何を解決するのか。どう使うのか。誰のためのものか。必要なら、事例や数字も添えられる。
けれど、途中にあるときには、「なぜこれが気になっているのか」という、生の言葉が出てくる。まだ整理されていないからこそ、他の人が読んだときに「自分もそこに困っていた」と重なることがある。
完成品を見せることは、答えを見せること。途中を見せることは、問いを共有することなのかもしれない。
たとえば、AIが文章を書けるようになった今、「何本つくれるか」よりも「人が自分の言葉として出せるか」が気になっている。その問いは、完成したサービス紹介ページだけでは伝えにくい。でも、つくっている途中の記録なら、そこから書き始められる。
意見を集めるためだけではない
途中のものを見せるというと、「フィードバックを集めるため」と考えがちだ。もちろん、それも大切だ。使う人の反応を見なければ、机の上だけで正しいものをつくったつもりになってしまう。
ただ、それだけではない。自分たちが何に向き合っているのかを、忘れないためでもある。
開発が長くなると、最初の問いから少しずつ離れていくことがある。機能を増やし、細部を整え、気づけば「誰のどんな困りごとを減らしたかったのか」がぼやけてしまう。
途中の記録を外に出すと、最初に書いた言葉が、自分たちにも返ってくる。それが、方向を確かめる印になる。数か月後に読み返して、「今もまだこの問いに向き合えているか」と考えられる。
未完成を言い訳にしない
もちろん、途中だからといって、何でも出せばいいわけではない。動かないものを約束したり、曖昧な状態で売ったりすることとは違う。
ここで見せたいのは、未完成を言い訳にする姿ではなく、つくる過程そのものだ。今どこまでできていて、どこで迷っていて、次に何を試そうとしているのか。そういう正直な記録にしたい。
完成度が低いことを隠さない代わりに、何を大切にして進めているのかは丁寧に伝える。そのほうが、あとから使ってくれる人にとっても誠実だと思う。
一緒につくる人を、少しずつ増やす
すべてを公開する必要はないし、未完成を言い訳にするつもりもない。でも、完成前の段階でしか出せない言葉はある。
「これを試しています」「ここで迷っています」「この仕組みを一緒に使ってくれる人を探しています」。そんなふうに話せると、ただの宣伝ではなく、制作に招くことになる。
この制作ノートも、そのための場所にしたい。完成したものを並べる棚ではなく、つくる途中にあるものを、少しずつ見せていく作業台として。
そこで交わされた会話が、次の画面や、次のサービスの小さな材料になればいいと思っている。